松岡正剛 『多読術』(ちくまプリマー新書)
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多読術 (ちくまプリマー新書) 松岡 正剛 筑摩書房 2009-04-08 by G-Tools |
『多読術』(ちくまプリマー新書)
著者:松岡正剛
出版社:筑摩書房
出版年月:2009年4月10日
[感想]
後日
[以下、個人的な備忘録]
目次→パラパラ→読書
■P.69
読書の醍醐味とは、未知のパンドラの箱が開くということ。
パンドラの箱が開き、そこに伏せられていたものが、自分の前に踊り出てくるということ。
「雷鳴の一撃を食らう」(ポール・ヴァレリー)という楽しみ。
「無知から未知へ」が読書の醍醐味。
無知だからこそ読書はおもしろい。無知があるから未知に向かえる。
■P.74
ヘルマン・ワイル『数学と自然科学の哲学』
(プラトン『ティマイオス』をワイルの味蕾を使って読んだ。)
■P.92-93
著者が「書く」という行為は、読者が「読む」という行為ときわめて酷似している。
著者というものは、意外にも書くことに苦労している。
いろんな複合的なエレメントが錯綜して、それをやっと捌きながら書いているのが実情。
自信に満ち、ときに理路整然と、ときに端然と書いているように見えるが、けっしてそんなことはない。実際には、複雑な文脈の可能性をやっとまとめている。
しかし、なんとかコントロールして書きあがったものは、まあまあの見映えのものになる。
それはやっと「読むモデル」になったから。つまり著者や編集者は、「書くモデル」をなんとか「読むモデル」にしていくということをしている。それが書物というものである。
もとをただせば、もともと「書くモデル」は「読むモデル」を目指さざるをえないということ。これを「読書する」というほうから眺めると、本を書く前でも、本を読む前でも、実は相互に似たような「読書世界」が前提になっていたということ。
■P.95
書くもの読むのも「コミュニケーションのひとつ」である。人々はコミュニケーションをするために、書いたり読んだりしている。執筆も読書も「双方向的な相互コミュニケーション」である。
■P.99
編集工学
コミュニケーションにおける情報編集のすべてを扱う研究開発分野のこと。
人々のあいだ、人々とメディアのあいだのコミュニケーション。
編集工学の目的
「形式的な情報処理」ではなくて、「意味的な情報編集のプロセス」を研究して、そこに人々の世界観がコミュニケーションを通してどのように形成されていくか、変容されていくかということを展望することが目的。
■P.105-
音読から黙読への変化
人類が黙読(目読)できるようになったのは、おそらく14世紀か16世紀以降のこと。
それまではほとんど音読であった。
※ヨーロッパ中世の図書館の図、『源氏物語絵巻』
・ミルマン・パリー(文法学者)
・マーシャル・マクルーハン
→人類の歴史は音読を忘れて黙読するようになってから、脳の中に「無意識」を発生させ てしまったのではないか。
■P.125
本は多様な読み方をするべきである。
本によって、また読み方によって、さまざまな感情やテイストやコンディションになれるかどうかということ。その多様性を楽しめるかどうか。
■P.128
集中多読のときは服装も変えた。
■P.128-
「江戸の私塾」の読書法
菅茶山(かんちゃざん)「黄葉夕陽村舎」「廉塾」:冬夜読書
広瀬淡窓(ひろせたんそう)「咸宜園」:句読
池田草庵(いけだそうあん)「青谿書院」:掩巻、慎
■P.130-
個性の本質は「好み」だろう。最初から個性というかたまったものがあるわけではない。「好み」の揺れ幅のようなものが個性をつくっている。だいたい個性という言葉の語源はペルソナ(仮面)であり、それがパーソナリティ(個性)になった。ペルソナは猫っかぶりになるという意味ではない。何かに「なる」ということである。何になりたいかは「好み」による。
自分では気がつかないが、実は「好み」というものは細部においてはきわめて多様で、複雑である。その上に、おおざっぱな「傾向」というものがぼんやり成り立っている。「好み」は非常に多様で、バラエティに富んでいる。それが個性というものを成立させている。
■P.138-
読書は「わからないから読む」に尽きる。「無知から未知へ」の旅。
読書をもたらす書き手のほうも、実はわからないから書いている。自分では「わからないこと」だから、その本を、その作品を書いている。
読書は「伏せられたものが開いていく」という作業。「伏せられたもの」が書物で、「開けていくもの」が読者。鍵穴が書物で、鍵を入れるのは読者。その関係の仲人を編集者や書店が用意する。まさにパンドラの箱を開けるべく、その鍵と鍵穴の関係のプロセスに入ることが重要。そういう読書ができれば、読書傲慢にもならないし、読書退屈もしない。
■P.141
下村寅太郎(日本を代表する科学哲学者)
「いつ、これだけの本を読まれるんですか」
「君はいつ食事をしているかね」
■P.178
出来事や社会や世界を見るための視点は二つある。
「鳥の目」オムニシエントな視線。俯瞰的にその世界を眺める。
「足の目」オムニプレゼントな目によって、その世界の中に入っていって見る。
たいていの物語も、「鳥の目」「足の目」による描写で成り立っているので、読書するときも、これをかわるがわる使う必要がある。
井上ひさし
戯曲を一本書くたびに100冊から300冊くらいの本を読む。
「年表」と「地図」を丹念に自作する。「登場人物型の地図年表」に総合化されていく。
戯曲全集に一部入っている。
■P.184
ソフトウェアの利用者は、知識や情報がピンポイントで引っぱり出されるために、自分がどのように「知の構造」と向きあっているかは、わからない。
場所をとらないことや、モビリティ(運びやすさ)は大変便利だが、その「場所」こそがもともとの「知」を支えてきたということが見えなくなっていく。将来、「知の場所」を上手に見せていけるようなGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)などが必要。
ピンポイントな検索は、いちじるしく連想力を落としている。連想力は創造の基本である。
・高田明彦(情報学研究所)「GETA」「ウェブキャット」
デジタル情報を入れておくしくみを外に見せること、そこに行くルートに多様性と連想性が発揮されること。
★語彙
味蕾(みらい)
エントロピー
アナロジー
片言隻句(へんげんせきく)
傑物(けつぶつ)
ネッセサリー
★人名・書名
宮本常一 『忘れられた日本人』『塩の道』
折口信夫 『古代研究』
網野善彦 『日本の歴史をよみなおす』
甲斐大策 『餃子ロード』『神・泥・人』
富岡幸一郎 『打ちのめされるようなすごい小説』
白川静 『字統』『字訓』『字通』
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