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2009年7月の2件の記事

さよならマイケル マイケル・ジャクソン追悼式

七夕の満月が印象的な夜、マイケル・ジャクソンの追悼式が執り行われました。

マイケル・ジャクソンの追悼式に、マイケルらしさを求めることは
どだい無理な話なんだなあ、というのが一番の感想です。
マイケル・ジャクソンが不在なのだから、どうしようもないですよね、それは。
ある意味で、最後の最後に、この世界の現実を見せ付けられたという気もしました。

CNNの中継では、日本のファンのことに何度か言及していました。
マイケルの広報担当者の弁によると、「日本には特に多くのファンがいて、
マイケルがどんな状況にあっても応援し続けていた(大意)」そうです。

他国のファンのことは知りませんし、自分はその中に含まれませんが、
実際、日本のファンのマイケルへの愛は素晴らしかったと思います。
時折マイケルについて熱く語り合っている掲示板をのぞいていたのですが、
そこには本当に愛が溢れていて、自分にとって最強の癒しスポットでした。
たかがインターネットの掲示板かもしれませんが、
ファンにとっては大変辛い時期が続く中、本当に大きな愛を感じましたね。
自分もその中の一人足り得たかったのですが、
CDやDVDさえもコンプリート出来ていなかったので・・・。

自分はひとまず超ゆるいファンを自認していたせいか、長ーーーいブランクも、
怒涛のスキャンダルやゴシップも、たいして気にしていませんでした。
インターネットの動画や、ファンが集う掲示板を見ながら、
マイケル・ジャクソンという存在をひたすら呑気に楽しんでいました。
今思うと、マイケルが生きているという事実に、ぬるく安心していたということかな。

近年のパパラッチ写真は呆れるほどサイアクなものばかりで、
「音楽活動どころか、マイケルはもう長くないかも・・・」って思ってましたけど、
全然覚悟なんか出来ていませんでしたね。出来る訳がない。

有名人・著名人の訃報に接して、「奇跡の蘇生」を心から願ったのは、
マイケルが初めて。「追悼」という感情がなかなか出てこない。
それだけカリスマとファンタジーを備えた存在だったということなんでしょうね。

まだもう少し、同時代人として、夢を、魔法を、奇跡を、共有していたかった。
マイケル・ジャクソンという世紀のスーパースターと同時代を過ごす時間が、
永久に終わってしまったことが本当に淋しい。

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哀しみを昇華する音楽 : マドレデウス 『海と旋律』

ポルトガルのバンド、Madredeus(マドレデウス)の曲を
現在ヘビロテで聞いています。

マイケル・ジャクソンの訃報に接してからというもの、
虚無感と喪失感がものすごい。

マドレデウスの哀歓に満ちた曲を聴いていると、
深い悲しみの奥底に、やりきれない寂しさの果てに、
晴れ晴れとした何かが、希望らしき何ものかが、
見えてくるような気がする。

この大地を巡る痛みや苦しみや悲しみさえも、
美しい音楽へと昇華していく力。
その旋律の美しさに胸を打たれる。
その人間の力強さに奮い立たされる。
きっとずっとそうやって、やってきたんだろう。
きっとずっとそうやって、歩いていくんだろう。

『O Pastor(海と旋律)』 は、HONDA・アコードのCMソングだったそうです。

マドレデウス 海と旋律

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